『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』|ネタバレあらすじ・感想|ジャルジャルのコントを引き伸ばして恋愛要素足した良作邦画

邦画

公開 2025年

監督 大九明子

出演 萩原利久、河合優実、伊東蒼、黒崎煌大、松本穂香、浅香航大、古田新太 他

ついに来ました。
ジャルジャルタワーのネタ終わりにすべり台から降りてきた福徳が、「ぜひ読んでください」と絶妙なイントネーションで宣伝してた初の小説を原作とした実写映画。

監督はけもなれのガッキーと松田龍平が最初に共演した映画「恋するマドリ」や、視野見という技術を一般化した綿谷りさの小説の実写映画「勝手にふるえてろ」の大九明子氏。

ちなみにこの人、「桐島、部活やめるってよ」を撮った人だと思い込んでいたら、あっちは吉田大八氏だった。八と九の違い。

主演はキングダムの蒙毅こと萩原利久君と、「不適切にもほどがある!」で瞬く間に売れっ子になった女優・河合優実さん。
河合優実はなんとなく一筋縄でいかなそうなおしゃれなその顔つきから、「不適切にもほどがある!」では不良だったし(いい子だけど)、「ナミビアの砂漠」や「あんのこと」など、どこか陰の部分を持つ女性を演じることの多い女優ですが、今回はわりと普通のいい子をやってます。たぶん。

いやーかなり良かったですよこれは。
最近観た邦画の中でも相当良い方。
以下、ネタバレ。

※本記事は、「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」の猛烈なネタバレのほか、「明け方の若者たち」や「梨泰院クラス」のネタバレにも触れています。未見の方はご注意ください。

忙しい人のためのあらすじ

日傘ぼっち大学生・小西は、ある日お団子1人蕎麦ネキを授業で見かけ、一目惚れする。出席票を代わりに出してもらったことで知り合い、彼女が自分と同じ感覚を持っていることに運命を感じていく小西。一方、バイト仲間で眼中にもなかったさっちゃんに告白され、自分が興味のない人に対してひどく残酷であることに気づく。1人蕎麦ネキにも約束をすっぽかされ、途方と絶望に暮れていると、さっちゃんが交通事故で亡くなったという報せを聞く。しかもさっちゃんは1人蕎麦ネキの妹だった。小西がさっちゃん(の遺影)の目の前で1人蕎麦ネキに告白して物語は幕を閉じる。

忙しい人のための感想

・河合優実が良すぎ
・小西はキモい
・神様はいない。だってさっちゃんが死んだから

あらすじ

小西徹(日傘ニキ)

長身サラサラマッシュ大学ぼっち・小西(萩原利久)は、訳あって休学していた大学に半年ぶりにやってきた。いつものように日傘を差しながら。講義中、モブキャラたちの繰り出す「代わりに出しておいてくれ」の出席票をサンドバッグのように受け、ふーん、そういう感じ、と俯瞰視していると、チャイムと同時にいち早く立ち上がり颯爽と出席票を出し去っていくおだんごの女の子(河合優実)に目が止まる。
彼女は押して開ける扉を思いきり引いて、ガッてなって、誰かに見られていないか確かめるように自嘲っぽく笑って振り返る。それから普通に扉を押し開けて出ていく。その様子を眺めていた小西は、呆気にとられたみたいにぼーっとしていた。ハッとして立ち上がると、託された大量の出席票を机に放置したまま講義室をあとにする。 

小西の唯一の友達で、語尾が「〜やね」のオリジナル方言を喋る派手服男・山根(黒崎煌大)と半年ぶりに再会。昼ごはん食べてたら、さっきの女の子が1人で蕎麦をすすっているのを見つける。「あれは1人蕎麦女ね」と山根がいう。彼女はいつも1人で蕎麦を食らっているらしい。ふーん。なるほどね。
誰もいない屋上の広場に移動し、密度の低い芝生に寝転がりながら細い桜を眺める2人。(1割の陽キャと9割のキョロ充たちがひしめく)中庭は人工芝だから、こっちの方が価値は上やね、と山根。

大学の敷地内から出た小西は日傘をたたみ、正面の通りに目をやった。すると奥のほうで、犬がこっちを見ている。
小西は犬に近づくと、その白い体を抱きしめ「覚えててくれたのか、さくら」と言った。さくらは大学近くにある喫茶店の犬で、たまに構内にも闖入してくる名物犬だ。さくらの背中をわしゃわしゃっとやる。白い毛が雪のように舞い上がる。


さっちゃん

小西のバイト仲間・さっちゃん(伊東蒼)は軽音サークルの部室の窓から季節外れの雪を見た。小西とさっちゃんは営業が終わったあとの銭湯で清掃のバイトをしている。
小西は大学同様バイトも休んでいたので、この日久しぶりに銭湯に顔を見せた。この長きにわたる不在も店主・佐々木(古田新太)は意に介すことなく「戻ってきてくれてありがとう」と笑う。佐々木の娘・夏歩(松本穂香)は子供を身ごもっており、小西がいない間にお腹がだいぶ大きくなっている。ほどなく現れたさっちゃんは「おかえりなさい」と言って、「よかった」と安堵の声を漏らす。そして2人で浴槽を洗ったり、床をブラシで擦ったりした。
帰り道、スピッツの初恋クレイジーって曲のイントロが最強やねん。小西くん今度聞いてみて、と話すさっちゃん。さっちゃんは元気で明るくて、見るからにいい子だ。聞いてみる、と小西。
最後、銭湯の鍵を佐々木家の軒先のポストに入れて帰るのだが、そのポストが年季も入った上にサイズも大きいので、鍵を入れると大きな音が鳴って、深夜の住宅街に衝撃が走る。小西はその音が嫌いだった。すっかり忘れて、ジャン!と大きな音が鳴ってしまい小西は顔をしかめたが、さっちゃんはこの音が好きだという。さっちゃんは大きな音が平気なのだ。

-バイト楽しかった
バイト仲間がおしゃれなイケイケ大学生だったら楽しめなかったよ
-そうやろ?私と一緒なら楽しいに決まってんねん
自信満々かよ


桜田花(1人蕎麦ネキ)

1人蕎麦ネキの後ろに座った小西は、机に置いてある出席票を覗き見て、彼女の名前が「桜田花」だということを知る。そーっと隣に移動する小西。隣に誰か来た、とちらちら見る桜田さん。そのうち目が合って、「えっ」と小西。「えっ」と桜田さん。そりゃ「えっ」だよ。
何を言い出すのかと思ったら、小西は「急用と帰らないといけなくなったので、これ(出席票)出しといてもらっていいですか」と。
小西?
「あ、はーい」と桜田さん。機械的な応答を強調するときの言い方である。

急用もないのに部屋を出た小西は一目散に山根のもとへ向かい、去年彼女がいたことをいきなり告白。そしたら山根には現在進行形で彼女がいて、「彼女いるんや?ふーん」となる。
家でうたた寝をしてしまいバイトに遅刻した小西は、メリーに首ったけ!みたいな寝癖で銭湯に現れる。1人で作業をしていたさっちゃんに、お詫びにごはんをご馳走すると約束。その日のさっちゃんは、なんだか楽しそうに働くのであった。

あくる大雨の日、小西が構内のひと気のないマニアックな道を歩いて授業に向かっていると、後ろから足音がする。振り返ると1人蕎麦ネキだった。小西は自分を追い抜いて歩いていく彼女に「すいません」と声をかけ、このあいだ出席票を出してもらった小西徹です、と言った。

その節は、ありがとうございます。
-いえいえ、どういたしまして。
どういたしましてって言ってくれて、ありがとうございます。
-こちらこそ。こちらこそ?なんそれ。いや、授業で隣に座られたことなかったんで。
まじか。すいません。
-いや、だから、ありがとう。

このシーン、いいシーンだなあ。
桜田さんがいい子だってわかるめちゃくちゃいいシーン。

チャイムが鳴り、2人は急ぎ足で構内に向かう。いや、別に急ぎ足ではない。普通の歩みで。
2人は「大学のチャイムは音量が大きい」という価値観が一致。桜田さんは「テレビの音量を最大まで上げたことはあるか」小宇宙を感じたことがあるか)と問いかける。やったことないから今度やってみると小西。かくいう桜田さんも怖くて途中で断念してしまうという。偶然にも同じ教室に向かっていた2人はそのまま隣の席で授業を受ける(チャイムは鳴っているのでもちろん遅刻である)。
小西と同じく友達のいない桜田さんは、一年の時こそみんなに受け入れられようと努めてはいたものの、二年生になりどうでもよくなって以降は大学ぼっちを謳歌していると聞いて、彼女にますますシンパシーを感じた小西は、「そんなことよりパーティー(授業)抜け出さない?」と提案。2人はそそくさと教室をあとにする。出る時、小西は押す扉を間違えて引いちゃう。最初の桜田さんみたいに。
(教室を出る前、桜田さんが小西の出席票を「貸して」っつって受け取って、知らんやつに目も合わせんと「これお願いしていいですかすみません」ってやるんだけど、この「貸して」、いい。ひたすらいい

外に出ると雨はやんでいた。傘さしてると周り気にしなくていいから好きだと桜田さん。でも本当は今日の空が一番好きって毎日思いたいって死んだ父が言ってました。桜田さんの父は彼女が9歳の時に死んでいた。

それから例の屋上に行く。中庭は人工芝だからこっちの方が価値は上ですね、と山根と全く同じことを言う桜田さん。驚きを隠せない小西。チャイムが鳴る。屋上で聞くチャイムの音量はちょうどいい、と2人は知った。んで今度は桜田さんがお気に入りの場所を紹介したいと言って、構内にある関西大学初の女子学生・北村兼子氏の展示を小西に見せる。女性への差別意識が強かった時代にジャーナリストとして活躍した彼女を誰も知らなくて腹が立つという桜田さん。小西君にならこの怒りを見せてしまってもいいかなと思いまして。小西君にならこの怒りを見せてしまってもいいかなと思ったんだってさー!

それは、ありがとう
-ありがとうっていってくれて、ありがとう

それから2人は、この状況ってセレンディピティだよねとか、桜田さんの趣味が洗濯機のゴミ取りネットのゴミを取ることだとか、まあ色々しゃべってたら、喫茶店の犬さくらが構内に入ってきてて、猛ダッシュしてて、そしたら桜田さんが「行かなきゃ」つって猛ダッシュして、小西は「やびゃあ」つってなんかテンションが上がるのだった(?)

こうして無事ロマンティック花咲く恋の浮かれモードとなった小西は、さっそく1人で図書館に行き、彼女に教わった「セレンディップの三人の王子たち」の絵本を図書館で読んでみる。特に感想もないが、好きな人が教えてくれたものを感じるだけでなんとなく満足した気になるのは、非常にあるあるである(「あるあるである」という文字面、いや声に出した感じも、なかなかにムズムズする)。
恋が花咲いている。いつもより晴れ晴れした気持ちで大学を出ると、さくらが喫茶店の店先でいつものようにこっちを見ている。駆け寄ってわしゃわしゃする。すると店から出てきた店員が「さくら喜んでますね」と。
桜田さんだった。
小西は驚きのあまり振り向いた時に首をいわしてしまい、桜田さんに湿布を貼ってもらう。彼女に案内され席に座り、飲み物を注文し、出てきた瞬間飲み干して、お会計。はやいはやい、と桜田さん。はやい、の関西弁最高。

セレンディピティはまだ終わらない。普通に帰った小西が、コンビニへ買い出しに出かけた帰り、バイト終わりの桜田さんに遭遇。驚異的な再会。小西はぼっちのわりに、大学の徒歩圏内に住むタイプの俗物だったのである。(それを言ったら桜田さんも、キョロ充を俯瞰視するわりに大学にめっちゃ近いとこでバイトするタイプの俗物だ)

駅でバイバイしたはずの2人だったが、気づいたら一緒に電車に乗って、夜の水族館に来てた。んで小西が去年亡くなったおばあちゃんの思い出(小西の祖母も桜田さんの父と同じく「今日の空が一番好きと言えるように」と小西に言っていた)を語って泣いて、桜田さんは「小西さんのおばあちゃんもわたしの父も、おんねん。いや心の中とかじゃなくて、おんねん」つっていい感じに共感した。そのあと他の客ゼロのボーリングに行って、なぜか別々のレーンで投げる。ここで桜田家に代々伝わるオリジナルワード「さちせ」登場。桜田パパの造語で、「幸せ」の別読みバージョンだ。

娘が「さちせ」じゃないなんてお父さん可哀想。
家族のために「さちせ」にならんとと思う。
でもそれすらもしんどい。ほんまは。

ボーリング場を出ると、もう外は白みはじめていた。
…え、もう朝?水族館とボーリングだけで朝になったん?
2人は「精神的な盾としての日傘(あるいはお団子ヘア)」という村上春樹のエッセイのタイトルみたいな話をしつつ、空耳アワーのロン毛のおっさん(安斎肇)が経営する古い喫茶店に入って朝食をとることに。
そこは「ブラジル黒豆だし」というコーヒーや、「オムレッツゴーゴー」というオムレツ、「フリスビー焼き」というホットケーキなどを出すクセスゴ喫茶であった。
妙なネーミングで書かれた中に唯一「オムライス」という普通のメニューを見つけた2人は、なぜオムライスだけ普通なのかを店主に聞くため、この喫茶店の常連になろうと決めた。常連になろうと決めた日。

おいしいね
朝から「さちせ」な気分
さちせ、さちせ


初恋クレイジー

深夜の銭湯バイトを、休みのさっちゃんを呼び出し手伝ってもらう小西。朝早起きして桜田さんとあの喫茶店行くためだ。お前ってやつは。さっちゃんは、今日も嬉しそうに働く。なのに小西はまだ初恋クレイジーを聴いていない。

またある日のバイトの最中。
「テレビの音量を最大まで上げるチャレンジ」を女友達に言われてやってみたんだ、と小西がいう。

その人、「セレンディップの3人の王子」教えてくれた人でしょ
-なんでわかるの
小西くんは、その人のこと好きやんな
-いや、え〜?
絶対好き。だってその人から教わった本読んでるし、テレビの音量挑戦してみてって言われたらすぐ実行してる
-友達に言われたらそれくらいするだろ
ほな、「初恋クレイジー」聴いてくれた?
-(渋い顔)

小西てめえ!
さっちゃんは出し抜けに、湯船に倒れ込む。
驚いた小西が駆け寄って抱き起こすと、「ピース、びっくりした?」とさっちゃん。ずぶ濡れになって笑い合う2人。

いつものように鍵をポストに入れ、お疲れと言って別れたあと、少し歩いた小西に向かって、さっちゃんは言った。
「小西くんもし失恋したらわたしが拾ったるわ」

「変な冗談やめて。マジで(ガチトーン)」

(はいここで、話題の長台詞シーン①↓)

要約:さっちゃんは小西にずっと思いを寄せていたのだ!

あたしを教材にして、あたしを失敗例やと思って。
こんなタイミングで告白したらダメ、
こんなたくさんの言葉で告白したらダメ、もっと端的に。
あの言葉だけを伝えたらいいねん。
でもなあ、助走なしではあの言葉は伝えられへんわ。
だってめっちゃ重い言葉でめっちゃ恥ずかしい言葉。
読み方変えて言うたろかな。
小西くんのこと、「このき」ってこと。

小西は、鈍感すぎてさっちゃんの思いにまったく気づいていなかった。
というか、興味がなかったのだ。
その証拠に、小西はさっちゃんの本名を知らなかった。

初恋クレイジー、もう聴かんくていいからね。
普通に考えたらわたしがスマホで聴かしたらいいだけやのにね。
ただ、わたしのおらへん時にわたしのこと思い出して聴いてほしかっただけ。

小西は何も言わなかった。
何も言えなかったのだろうか。
さっちゃんは角を曲がる前に振り向いて、小西に向かってピースした。

いや、なんか言え!小西!
愛してるわと言え!


残酷な運命の車輪

翌朝、例の喫茶店を訪れた小西と桜田さん。
ついになぜオムライスだけ普通にオムライスなのかを聞いてみる。
すると、オムライス作るのが苦手なんです。昔オムライス作るのが上手い人がいたんですけど、もういなくなっちゃったんで、オムライス以外のメニューを増やしてカモフラージュしてるんです、と空耳アワー。
その日はクロワッスリーという名のクロワッサンを食べて店をあとにする。

なんか、オムライスをいじってるみたいになったから、一緒に悲しいねって言える覚悟持って、今度こそオムライス注文するわ、と桜田さんが変なこと言い出したので、昼にまた行く約束をして、2人は別れた。

しかしその日、桜田さんは待てど暮らせど現れなかった。

小西はしょっくを受けた。
しょっく過ぎて、本当は自分のことを気持ち悪く思っている桜田さん(※)を想像したり、大学を休んだ小西を心配して家まで来てくれた山根の親切心を無下にしたり、坂道を無意味に全力ダッシュして足を痛めたりした。
(※)ここの演技、最高である。どっちが本当の桜田さんなのかわからなくなる。現実的には、こっちの方が信憑性あるの悲しい。

さっちゃんは、次会った時は気まずくないように普通にするから安心して、と言っていたが、ちょうど(ちょうどって何やねん)サークルが忙しいからしばらく休むかも、とも言っていたとおり、銭湯に来なかった。
桜田さんともさっちゃんとも山根とも会わないまま1ヶ月が経った。

小西は例の喫茶店で、オムライスを注文して食べた。全然苦手じゃないですやん、得意ですやん。「そのオムライスよりずっと上手く作る人がいたんだよ。だから僕はずっと苦手なの」と店主は笑った。
そして、また構内に闖入してきたさくらを愛でたあと、出し抜けに山根に電話をかけ、呼び出した彼に謝った。謝るのに1ヶ月かかった、と自嘲した。

親友と無事に仲直りして、桜田さんのことは吹っ切れた感じ出して、銭湯に出勤する小西。佐々木の娘・夏歩が最近産まれたそのまた娘を抱いていた。佐々木は孫にベタ惚れでさぞニヤニヤが止まらんだろうと思いきや、めちゃくちゃ神妙な面持ちで小西に「さっちゃんのことやねんけどな」と切り出した。小西ははっとした。さっちゃん、俺にフラれて気まずくて(あるいはしんどくて)辞めてしまったんだ。

      ・・・・・・・・・・・
だが違った。さっちゃんは死んでいた。交通事故で。1ヶ月以上前に。


今日の空が一番好き

翌日、佐々木に連れられてさっちゃんの親族を訪れた小西は唖然とした。
「咲の言ってたバイト仲間ってあなた?」

桜田さんだった。
咲はさっちゃんの本当の名前で、桜田さんはさっちゃんの姉だった。
玄関には小西が喫茶店に忘れた傘が置いてあって、咲に渡せばもっと早く返せたんやね、と桜田さんはつぶやいた。佐々木はまったくのノーリアクションだった。
いや、「なんや、知り合いか」とか言え!

挨拶を済ませて、線香をあげて、佐々木が帰って、小西と桜田さんの2人きりになる。
遺影のそばに置いてあった桜田パパからさっちゃんへの手紙。読んでください、と桜田さん。読む、と小西。
手紙は桜田パパが死の床で将来結婚する娘に宛てて書いたものだった。
咲は、隣の人にいる人が「このき」で、「さちせ」ですか。
桜田さんは涙をこらえきれなくなり、仰向け(相場はうつ伏せ)でまっすぐ(相場は背中を丸めて)寝てわんわん泣く。

今日の空が一番好きって、
毎日思って暮らせますように。
今日の空はどうですか?

桜田さんは言った。
父は病死で妹は事故死。
どっちがいいと思います? which your choice?

窓から入ってきた風で、小西の喪服についたさくらの毛が舞い上がる。
小西は突然「ワン」と吠えて、さくらになってしまった。
そして桜田さんがさくらになった小西の腹を撫でまくって、小西がひたすらくすぐったがるという、突然の共感性羞恥シーン。

正気に戻った2人は縁側に座ってティータイム。
本作の長台詞シーンその②。桜田さんのターン。

桜田さんが小西とのランチに来なかったあの日、さっちゃんは事故に遭ったのだ。

でも私、最初からわかってたんですよ。
咲もう生きてないって。
私はずっとわかってたんですよ。

あれからひと月半経って、
泣く回数は少しだけ減ったけど
泣く時間は長くなっちゃった。
…命ってほんまにひとつなんですね。
知ってたけど知らんかった。

さっちゃんが事故に遭った日の朝(さっちゃんが小西に告白した次の日の朝)、桜田さんが起きると、彼女はベランダで寝ていたらしい。「元気がない時は夜空を見とけばええ、いずれ明るくなるから」という桜田パパの言葉どおりに。

明るくなった。
空も私も。
お父さんありがとう。
ピース。

(ここで入るさっちゃんのピースのカットイン、最高に切なくて最高)

小西は「初恋クレイジー」のことを思い出した。
桜田さんはかの名盤「インディゴ地平線」のCDを持ってきて、DVDプレイヤーにかけた。DVDプレーヤーでCDを再生する感じ、懐かしい。平成って感じ。CDを乗せたトレイがプレーヤーに吸い込まれたあとの、ウィーンっていう読み込み音。
「この音好き」桜田さん。
「俺も」小西。
…いや、ほんとけ?お前。なんか桜田さんに合わせてない?

ここで初めて流れる初恋クレイジー。
テレビの前の2人の後ろで、さっちゃんらしき子が歌に乗ってる。
(服装が遺影に写ってるさっちゃんと同じなのがニクい)
小西は初恋クレイジーを聴かなかったことを死ぬほど悔いた。
いや知らんけど、多分悔いてる。うわー!って叫んでるし。大声で。
というか、小西、さっちゃんに告られた日の夜に聞けよ!
「もう聴かんくていいからね」は、今からでも聴いて、ほんでちょっとでも切ない気持ちになれや、ってことやん!
…いや、さっちゃんはそんなこと思わないか。

曲が終わりに近づき、桜田さんはまた曲をはじめから再生する。
リモコンを持つ桜田さんの手を取り、「最大にしよう」と小西。
ボリュームがどんどん上がり、世界の音が「初恋クレイジー」だけになっていく。小西は一言。
「目の下のシワ、指でなぞっていい?」
キモ!
キモいねん小西!!なぞるな!!
というわけで、長台詞シーンその③

要約:小西は桜田さんのことがアレなのだ!

桜田さんの目の下をそっとなぞる小西。
「ありがとう。やっぱりめちゃくちゃ滑らかだった」
何だそれ。キモいなあ。
でも、このなぞられたあとの桜田さんのなんとも言えない笑顔、いい。
苦笑いの中に嬉しさがあるみたいな。
笑えばいいと思うよ、って言われた時の顔みたいな。

俺は最低だよ。
今から最低最悪なことを言う。
好きです。

感想

これは、まあなんというか、河合優実を存分に浴びるための映画ですね。
演技がちょっとうますぎますね。
映画としての評価は、いろんな評論とかを見ると、まあ、賛否両論っていうか、どちらかと言えば否の方が多い印象かなあ。

映画の中に三つ、さっちゃん(伊東葵)、桜田さん(河合優実)、小西(萩原利久)それぞれ長台詞があるんですけど。
その中でもやっぱさっちゃんパートが取り立たされてて、そこを切り口に語る感じがほとんどというか。それだけ、あのシーン痛切で、悲しくて、最高だったしね(演技がね)。失恋した時の感情全部乗せの台詞。


河合優実の演技

良かったな〜河合優実。
いやもちろんさっちゃんもいいんだけど、河合さん良過ぎてそれに尽きちゃう。
元々そんなに好きなわけでもありませんでしたけど、完全にファンになりました。佐々木希でいうところの「風俗行ったら人生変わったwww」ですね、この映画は。

「愛なのに」っていう映画でも思ったんだけど、彼女、視線の動かし方がめちゃくちゃうまい。リアルで人と話す時ってこういう視線の動きになるよなあ、っていうのができちゃう。まあ演出の力もあると思うけど、演技うまいなあこの人っていう俳優さんて大体これがうまい。うまいし、これが一番難しいんじゃない?むしろ。特にこういう日常系の話だと際立つわ。

原作はまだ(買ったけど)読んでないんであれですけど、この桜田さんって河合優実のイメージそのものじゃない?いや、わかんないけど。この人のイメージってやっぱ「ナミビアの砂漠」とか「あんのこと」みたいなダークな役が多いけど、このへんを演じられる河合優実っていう女優はこんな人なんだろうなみたいな、それが桜田花だみたいな。感じするじゃないですか。知らんけど。というか、河合優実の演技がそう感じさせるんだよな。あたかもこっちが「役に合ってるな」と思わせる力というか。すごいなおい。


さっちゃんの運命

さっちゃんなあ…
さっちゃんは8歳の時に父親を亡くしていて、その父親の影響で音楽を始めて、大学ではバンドを組んでて、倍音そうるって曲をカバーしていて、銭湯のバイトで出会った同い年の長身サラサラマッシュに恋してて、でも彼には好きな人がいて、気づいた時にはもう遅くて、実質フラれたあとに告白して、でもお父さん流に乗り越えて、鼻歌を歌いながら(倍音そうるのコーラス)信号待ってたらトラックの内輪差で轢かれてしまったと…。
いや、シンプルに可哀想すぎる。
告白のシーンも可哀想だったな。
さっちゃんがめちゃくちゃにいい子なだけに、悲しくはあった。
でもそれだけに、小西がなぜさっちゃんを選ばなかったのか、っていうところに本当の悲しさがある。

「滅日」っていう漫画で、人あたりはいいけど冴えない主人公の尼子を、女性の登場人物たちが「いい人」と表現するんだけど、それに対して、尼子の親友でイケメンで金持ちの相賀ってやつが、言うんですよ。

いい人? ならば何故おまえたちは尼子を『好き』にならなかった?
暗くて陰気で人嫌いの…けれどいい人を
何故おまえらは『好き』にならなかった?
……なぜなぐさめなかった?
…尼子が暗いのではない…
 『尼子は暗い』と—おまえたちが勝手に決定してしまったんだ
違うか…?

小西はさっちゃんの本名を知ろうともしなかった(そのせいで桜田さんの妹だと気づかなかった)し、初恋クレイジーを全然聴かないし、ご飯を奢るとかいう果たせもしない約束するし、要は眼中になかったわけです。さっちゃんが。単なるバイト仲間でしかなかったと。下手したら友達っていうのも微妙かもしれないと。
「明け方の若者たち」で、黒島先輩が仲良し君を選ばないことが彼女の中では最初から決まっていたのと同じように、小西がさっちゃんを好きにならないことは最初から決まってたんだよな。

小西がさっちゃんに不義理すぎるとか、小西があまりにもクズだとか、そういう感想を見るにつけ、あなたが小西の立場なら、さっちゃんを好きになっているのですか?と聞きたくなる。
俺?
どっちも好きになるに決まってるだろ!
いい加減にしろ!

まあでも、「梨泰院クラス」ではあんだけ妹扱いされてたキム・ダミが社長とくっついたし、逆転満塁ホームランもあるっちゃあるよ。


小西という人間

シンプルに変な奴なんだよな、小西ってやつは。
日傘差してるし、友達いないし、急に叫ぶし、突然犬の真似するし。
てか福徳なんだよな小西って。なんか。ジャルジャルのコントの中の登場人物なんだよ。「友達いない日傘の奴」なんだよ。
コントの登場人物に人間性とかないからさ。小西が変な奴だっていいんだよ。畜生でもいいんだよ。畜生でも桜田さんは好きになったんだよ。好きになった人が好きなんだよ。
誰が好きだっていいじゃないか!!

でも、小西のさっちゃんに対する無関心さみたいなものが、時折悪いことみたいな論調で語られてるのも見かけるんだけど、いや、え?
興味ないものにまで関心を払うべきだって、聞こえたぜ?

恋愛対象でない人に対して、普通に普通のご対応じゃないですか?むしろバイト仲間としては良好な関係でしょう。
さっちゃんが死んだのは可哀想だけど、それにかこつけて「さっちゃんに対して誠実じゃなかった小西はろくな奴ではない」っていうのは、因果があべこべになってるし、小西は初恋クレイジーを聴かなかったことを後悔してたけど、それはさっちゃんが死んだからで、もしあのままさっちゃんが生きてて、小西の人生からフェードアウトしていってたら、後悔なんかしなかったよねたぶん。それが人としてどうなのかって、普通だよね別に。そんなことままあるよね。

小西がさっちゃんの想いに気づいていたかどうかは微妙なとこだけど(あれで気づかない人間がいるのかどうか…)、どちらにせよ、小西がもしもっと誠実だったとて、さっちゃんが選ばれない人ということには変わりないと思うし…悲しいけど…


ホイール・オブ・フォーチュン

映画の冒頭に、大雨の大学構内で小西がヘッドフォンをしたずぶ濡れの女性とすれ違うシーンがあります。
これは、桜田さんが事故のあと、一回だけ大学に行ったという日ですね。彼女が大音量で雨の音を聴いていたそのヘッドフォンは、事故に遭った日にさっちゃんがつけていたもので、よく見るとアスファルトに擦り付けたような生々しい傷がついている。
小西と桜田さんって、最初に話した時に「チャイムってうるさない?」っていう話題で盛り上がったように、大きな音が苦手っていう共通点があるんですよね。一方でさっちゃんは、小西が嫌いだった「鍵をポストに入れる音」を好きだと言っていたように、大きい音いける、むしろ好きな人だったと(小西がさっちゃんの死を知った日のバイト終わり、ポストの中には緩衝材が敷かれていて、大きい音はもうしなかった。さっちゃんが佐々木に言ってくれていたんだろうか…)。そもそも「テレビを最大音量にする遊び」も、さっちゃんか桜田パパの発案だろ。知らんけど。
あの日もたぶん、さっちゃんは大音量で倍音そうるを聴いていたのだ。だからトラックに気づかなかったのかもしれない。たぶん。おそらく。

倍音そうる
2006年に二つ年下の弟と録音しました。交互に歌っています。2025年映画「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」2014年映画「放課後ロスト」にて挿入歌(バンドアレンジ)、劇中歌として使って頂いております。当時のオリジナルの原曲です。各、音楽サブスクリプションでも配信しております。↓

一個疑問なのは、さっちゃんは小西の好きな人が自分の姉であることに気づいていたのかってことよ。小西がどこの大学に通っていたのかくらい知ってたはずだし、もしかしたら「私のお姉ちゃんもその大学行ってる」くらいのこと言ってるかもしれない。小西が忘れてるだけで。「テレビを最大音量にする遊び」が桜田家に代々伝わる伝統的な遊びなのだとしたら、確実に知っていたことになるんだけども。って考えだすと、さっちゃんは小西に片想いしてることを桜田さんに言ってたのかとか、桜田さんが小西に片想いしてることを知ったら、桜田さんは身を引くだろうなあとか、そうすると小西の想いはどこへ行くのだろうとか、マジできりがない。


選ぶ側の物語

「物語のためにさっちゃんを死なせた」っていう評論みたいなのも結構見たんですけど。いや、まあ、そうだよ。誰が違うなどと言ったんだ?
なんかこういう恋愛映画をめっちゃ乱暴に二分して、「明け方の若者たち」みたいなのが選択肢側(仲良し君目線)の物語だとすると、本作は選ぶ側(小西目線)の物語ってことになりますね。
仲良し君はさあ、可哀想じゃん。普通に。選ぶ側じゃないから。だから映画の感想が「ろくでもない女に弄ばれて仲良し君可哀想」ってなるわけよ。でも小西は選ぶ側だから、俺らの目線的に「さっちゃんに誠実じゃない小西ふざけんな」ってなるんだよな。でもどっちを主人公にしても、割を食う人はいて、みんな割を食うのは嫌だから、割を食ってる人はひた隠しにしてほしくて、スポーツ漫画で主人公チームに負けてるチームがいても、相手チームの背景は描かれてないから何も感じないじゃない。でも割を食ってる人の背景がちゃんとあると、途端にその人に同情しちゃうんだよな。だってみんな賊学カメレオンズ大好きだもん。

って考えたらそもそも、選択側と選択肢側が出てくる話にした時点で、賛否が分かれるのは必須であったということですか?(知らん)


死に対する強い拒絶

この映画で全編を通して感じるのは、人が死んでいなくなってしまうことに対する強い拒絶。

織姫でいうところの「私は拒絶する」です。何が「いうところ」なのかわからないけども。

・小西は老衰した晩年の祖母を避けていた
・桜田さんは家族内で「お父さんが死んだ」という表現をしない
・おそらく亡くなってしまった妻を、「オムライスを作るのがうまい人がいなくなった」と表現する喫茶店の店主
・さっちゃんに線香をあげたあと、「嫌じゃー!」と叫ぶ佐々木
・さっちゃんの死後の桜田さん
・「知ってたけど知らなかった」という台詞

善人にも悪人にも聖者にも愚者にも人間すべてにわけへだてなく平等に訪れる、死とかいう音も温度も感触もない「。」みたいな終わりの制度。
誰もが知ってるわりに誰にもどうしようもできないシステム。
いや、まあ、知ってるけど?いや、受け入れへんよ、という福徳の強い気持ち。「死を受け入れない奴」だ。

死んだ人間は生き返らないし、生きてる人間もいつかは必ず死ぬから、そもそもどう受け入れようとかはない。でも嫌なので、拒絶する。拒絶してもどうもならんが、それはそれとして、とりあえず拒絶する。それ以上でもそれ以下でもない。死は生の対極としてではなく、その一部として存在している、であり、だけど死ぬぜ。淋しかろーが苦しかろーが楽しかろーが死ぬぜ人間は。 『運命』がナンセンスならば、『死』などもっとナンセンスだよ、である。

要するにこの映画は「人が死ぬとかそういうどうしようもないことはどうしようもないこととして有耶無耶にしながら、とりあえず誰かを好き(このき)な気持ちを大事にしよう」っていう話です。
長くなったけど、そんな深い意味はないと思うこの映画に。だってジャルジャルのコントの延長なんだから。

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